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 データ的内容は、なるべく間違いの無いようにするつもりです。
 間違いが有った場合は、教えていただけると助かります。

 個人的意見は、あくまでも個人的なもので、一般論では有りません。
 悪意を隠せないタイプだと自分では思っているので、他意は無いつもりです。

 古いものは全て仕舞ってしまいます。
 古いものに修正加筆して、シラッとした顔で出す可能性が、極めて高いです。

 自分がとっても可愛い、心の狭い人間です。
 やさしい気持ちで接してくれるとうれしいです。
 その前に、ちゃんと書くつもりが有るのか自分でも心配になっています。

2011年02月27日 (22:07)

Here to Stay / Freddie Hubbard






Here To Stay / Freddie Hubbard

01 Philly Mignon
02 Father And Son
03 Body And Soul
04 Nostrand And Fulton
05 Full Moon And Empty Arms
06 Assunta

Freddie Hubbard (tp)
Wayne Shorter (t.sax)
Cedar Walton (p)
Reggie Workman (b)
Philly Joe Jones (ds)


*1000円しないんだ。最近安いの多いなぁ。



Philly MignonとAssuntaに挟まれて、- and – と言うパターンのタイトルが4曲入った全6曲です。「なんか、変な感じ?」と思わなかったのかな?それとも意図的なのかな?

このアルバムは1962年に録音されながら1976年まで発表されませんでした。
アルフレッド・ライオンは1960年代半ばに会社から手をひき、フランシス・ウルフは1970年代初めに亡くなっています。つまり、アルフレッド・ライオンもフランシス・ウルフもこのアルバムを発表しませんでした。カスクーナの音源発掘で日の目を浴びる事になりました。

彼ら肉食動物君(ライオン・アンド・ウルフ/笑)は、どこが気に入らなかったのでしょう。売れないと思ったのかな。もしかしたらここでのHubbardの演奏が、まるでワンホーンのアルバムのような吹きっぷりで、製作意図と違ってしまったのかもしれません。
何曲か気に入らない録音が有って、それらをカットすると収録曲数が足りなくなってしまうからなのかもしれません。

このアルバムを録音する2ヶ月前にFreddie Hubbardは、Art Blakey and the Jazz MessengersのメンバーとしてCaravanの録音に参加しています。
その時のメンバーがWayne Shorter (ts), Freddie Hubbard (tp), Curtis Fuller(trombone), Cedar Walton (p), Reginald Workman (b), Art Blakey (ds)だから、この中からトロンボーンを抜き、ドラムを代えるとHere To Stayのメンバーになる。これが問題だったのかな。

兎に角、世間に晒されるまで15年間ほど放置されたアルバムは、その事を「残念」と言い切れるほどの仕上がりだと思います。

どの曲も素敵な演奏なのですが、個人的には6曲目のAssuntaが、大好きです。





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2011年02月22日 (19:01)

カリガリ博士はガリガリでも丸刈りでもない。(親父ギャグ)


カリガリ博士のDVDって安いけど売れているのかな。私は間違って出先で買っちゃったから2枚持っているけど(笑)。



現在ではフィルム・ロワールやスリラーの上質の手本として語られる、モノクロでサイレントと言う狭い表現方法を逆手に取った、とても面白い作品になっていると思います。

1919年に発表された作品ですが、ドイツの作品と言う事も有ったのでしょう、早くから日本では見られていた作品です。

1921年に日本でも上映されたと言ってもピンとこないかもしれませんが「竹久夢二も見た」と言うと何となく時代背景をイメージしてもらえると思います。

私が見たのは30年くらい前で、随分以前に見たつもりになっていましたが、製作された時を考えるとつい最近の事なんですね(笑)。
その時の個人的感想は「なんか変。けど、なんか面白い。」でした。兎に角その映像が印象的で、刺激を受けた忘れられない映画の中の一本です。

モノクロ・サイレントなんて頭に無いあの時も「凄い」と思ったのですが、3Dにまでなった今の映画に親しんでいる人たちが見たら、もしかしたらもっと大きな衝撃を受けるかもしれません。

↓買っても500円(笑)

Das Kabinett des Doktor Caligari




Wikipediaからの抜粋を下に丸写しです。

『カリガリ博士』(原題:Das Kabinett des Doktor Caligari、カリガリ博士の箱=眠り男がその中で眠る箱を指す)は、1920年に制作された、ローベルト・ヴィーネ監督による、革新的なドイツのサイレント映画である。本作品は、一連のドイツ表現主義映画の中でも最も古く、最も影響力があり、なおかつ、最も芸術的に評価の高い作品の一つである。上映時間71分。フィルムは白黒フィルムが使用されているが、場面に応じて緑、茶色などが着色されている。


本作は、精神に異常をきたした医者・カリガリ博士と、その忠実な僕である夢遊病患者・チェザーレ、およびその二人が引き起こした、ドイツ山間部の架空の村での連続殺人についての物語である。

本作は、登場人物の一人であるフランシスの回想を軸にストーリーが展開する。初期の映画では直線的なストーリー進行が大半を占めたが、本作品は、その中でも複雑な話法が採用された一例でもある。

冒頭では、二人の男が会話を交わしている様子と、その横を茫然自失のようであてどもなく歩く、美しく若い女性が描かれる。若い方の男は、その女性が 自分のフィアンセであること、そして二人が体験した、世にも奇妙な体験の回想を連れの男に語り始め、これより回想シーンが続く。

冒頭の男(フランシス)は、友人のアランと、村にやって来たカーニバルを見に出かけた。彼らはカリガリ博士と、博士の見世物である眠り男チェザーレ の似顔絵に目をとめた。博士は、チェザーレが23年間箱(cabinet)の中で眠り続けていること、また、尋ねられればどんな質問にも答えられると口上 し、客を呼び込んでいた。二人は博士の小屋に入り、見世物が始まった。箱から出てきたチェザーレに、アランが悪戯心で自分の寿命を尋ねたところ、チェザーレの答えは「明日の夜明け」だった。

翌朝、フランシスは村人から、アランが何者かに殺されたことを知らされた・・・。


セットの制作に携わった人々は、ドイツ表現主義の画家たちであった。その一人、アルフレート・クビーン(Alfred Kubin)は、幻覚や悪夢をテーマとした白黒の銅版画作品を制作していた、シュルレアリスムにも影響を与えた。また、セットのデザインの大部分を行ったヘルマン・ヴァルムは、「映画は、絵画が命を吹き込まれたものであるべきである」と主張する芸術家グループ、シュトルムに属していた。

撮影は1919年の12月と1920年の1月に行われ、1920年2月26日、ベルリンにある映画館Marmorhausで初上映された。
日本での初公開は、1921年5月14日である。英語字幕での上映に、活動弁士が台本に即し、日本語で演技や状況説明を行っていた。[徳川夢声も弁士として立った。当時の流行画家・竹久夢二もこれを観覧、あまり活動写真が好きではなかったというが、この映画の印象を雑誌「新小説」に挿絵とともに寄稿している。

批評家からは、本作品のドイツ表現主義の手法や、奇抜で歪んだセットのデザイン、そして卓越した視覚的効果において、今日でも世界的に高く評価されている。フィルム・ノワール、およびホラー映画に影響を与えた重要な作品としても、位置づけられることが多い。最初期のホラー映画の一作品としても挙げられ、以降数十年間、アルフレッド・ヒッチコックなど、多くの映画監督が手本としていたことも指摘される。

2011年02月18日 (20:58)

不確かな記憶は、空想なのか幻想なのか (2)





その家の玄関は、道路から数メートルほど中に入りこんだ所に有る。間口が狭く自動車は縦に2台止める事になっていて、奥の自動車を出す為には前の自動車を一度道路まで出す事になる。

その横に大人二人がすれ違えないほどの狭い石を敷いた歩道が、玄関と道路を結ぶ。屋根と壁で昼間から薄暗いのが印象的だった。

家の前の道路は生活道路程度の幅で、家の前の土地は沢山の材木が置いてあった。何故か記憶の中では、いつもその土地の地面と材木は濡れていて、雨の降った後だとボクは認識していた。

この記憶に出てくるのは、一人の初老の女性だけだ。何故か古びた本屋で本を買ってもらっている。本を持ったボクは「そんな本を読むなんて、可愛い男の子だね」と言われているのに無表情のままだった。

本を読んでいる風景もその女性と家にいる風景も記憶の中には無いが、風景としての記憶としては欠落しているだけで、家と女性の二つが結びついている事は記憶の中のボクには明らかだった。

家から出て左に曲がり数十メートル行った所に片側4車線の広い道路がある。道路に出て右へ200メートルほど行った所が大きな交差点で、その手前に大きな歩道橋が有った。

記憶の中の風景のひとつは、その歩道橋の上から見たダラダラと走る沢山の自動車だった。機械的に流されているように沢山の自動車が切れ間無く同じスピードで走っていた。その風景は気力のカケラも血の気も感じられないほど無機的で、それが逆に人間的に思えたほどだった。

記憶の中のもうひとつの風景は夕焼けだった。歩道橋の向こうの赤く染まった風景の中を太陽が沈んでいくだけの風景だが、妙に印象的だった。
子供のボクは、それをぼーっと眺めていた。なんの感情も感傷も無く、ただただ眺めているだけだった。
ただ「ここはボクの居る場所じゃない」とだけは思っていた。






クリストファー・ロビンとボクは
月明かりに照らされる樹の枝の下をずっと歩いた。
オウルとイーヨーに質問したんだ、
毎日があまりにも早く過ぎていくから。
ボクはあまりにも歩きまわり過ぎて、
元の場所に戻る事が出来なくなっている。

ボクを助ける事ができるのなら助けて。
1時までにプー横丁の家に戻らなきゃならないんだ。
蜂の巣の蜂を数える事、空を流れる雲を追いかける事、
ビックリするくらい沢山やる事が有るんだ。
クリストファー・ロビンとくまのプーさんの頃にもどりたいな。

……………………………..

(直訳では有りません)

Uncle Charlie and His Dog Teddy (1970)
Nitty Gritty Dirt Band




Sittin in (1972) / Loggins and Messina



Kenny Logginsが若い頃に作ったこの切ない歌は、Nitty Gritty Dirt Bandの最も代表的な曲だと言っても良いと思います。

勿論Uncle Charlie and His Dog Teddy自体がNitty Gritty Dirt Bandの代表的アルバムなの確かな事でしょう。
そして「古き良き亜米利加」の残り香を感じさせるアルバムでも有ると思います。

この曲は作者のLoggins and Messinaの演奏も素敵なのですが、個人的にはやはりNitty Gritty Dirt Bandとしてのイメージが強いのです。


Winnie the Pooh






House at Pooh Corner





タイトルのHouse at Pooh Cornerも歌詞に出てくるWinnie the Poohも勿論児童書の「くまのプーさん」なのです。
クリストファー・ロビンとプーさんだけではなく、イーヨーとオウルも歌詞の中に出てきます。

あなたの「あの頃」には、誰がいてくれますか?

2011年02月13日 (17:43)

訃報の回覧はいらない






「誰かれが亡くなりました。合掌」なんて書き込みをみますが、そんなもの見たくも無いです。

亡くなった演奏家への想いとかが書いてあれば、その部分に心を打たれることはありますが、わざわざ亡くなった事を連絡してくれなくてもNetのNewsでアチコチに書かれてますもん。

「想い」の無い文章は読むのには、たとえそれが1行だとしても随分体力が必要なのです。

人が亡くなって嬉しい人は大抵いないと思います。悲しいのは当たり前。そんな事よりもその人の作品への想いや思い出が伝わってくる文章が、私は読みたいと思います。

その文章こそが、その人への追悼の深い思いとなって、人の心へ伝わるんだと思いますよ。稚拙な文章ばかり書いている私だって、その想いを伝えようと思うのだから。


あぁ、久しぶりにMinnie Ripertonを聴いたらシンミリとしちっゃた(笑)。
沢山のファン、そして沢山のミュージシャンに愛されたMinnie Riperton。私も大好きです。







最期まで癌と正面から向かい合い、ステージに立ち続けたミニー・リパートン。彼女が病気だと知った時はショックでしたが、その逃げない姿勢には心を打たれました。

上のアルバムは、ベスト・アルバム。そして下は、沢山の演奏家が集まって完成させた彼女のラスト・アルバム


初期の回りを包み込むような大きな優しさや体が震えるような死への恐怖と向かいながらも人々を励まそうとする強い心が、彼女の歌のあちこちから感じる事が出来ます。

ただ、丸裸のそれらの感情が、時には私には大き過ぎる事も有って、あの頃からあまり聴けなくなっているのも事実かな。
時々無性に聴きたくもなるんですけどね。
沢山の素敵な歌をありがとう、Perfect Angel Minnie Riperton。

Perfect Angel – 1979
Stevie Wonder Tribute to Minnie Riperton



下のこの歌は、彼女がオリジナル。そして、後世に残る心が震える美しい曲。

Loving You - Minnie Riperton





2011年02月09日 (18:31)

不確かな記憶は、空想なのか幻想なのか (1)





記憶の中のイメージとしては7歳か8歳くらいの頃。ボクは田舎の飛行場の待合室の椅子に座って待っている。
季節は夏の真っ盛りを少し過ぎた頃。随分暗くなるのが早くなった気がするが、電燈にはまだ虫が飛んでくる頃の出来事。

周りには家が一軒も無い飛行場の待合室は駐車場からまっすぐ階段を登った2階に有る。
滑走路は茂みから茂みまでの一本の線で、舗装されていたか土だったのかは、ハッキリとしない。

自分が飛行機から降りてきた記憶が無いが、「誰か」か「何か」を待っていて、こころなしかソワソワとしている。
ここから自動車に乗って、「何処か」へ移動する事は決定しているらしい。

母親が近づいてきて、車に乗る為に駐車場へ降りていくように言いながら、ボクの手をひっぱった。
母親以外の知っている人物は、このイメージが始まってから誰も出てこないが、数人の大人が待合室にはいた。

待合室の出口に向かって歩いていく途中で、天井からぶら下がっているTVからアニメのテーマソングが流れ出した。
反射的に足が止まり「見たい」と思ったが、母親の引っ張る手に負けて、また歩き出した。

待っている自動車が白色のボコボコのバンなのは、何故か見る前からわかっていた。
運転手の姿は男の人なのは確かなのだが、自動車のガラス越しの後姿で、誰なのかわからない。

待合室の出口の階段を下りるところで、自分の過去の記憶のようなこのイメージは、いつも終わってしまう。
始まりも終わりも突然なのに、その前後のある程度の記憶までもが出来ている不思議なイメージだ。

この出来事を誰にも話してはいけない気がして、今までその事実を確かめようとした事は一度も無かった。
そして母親が亡くなった今では、これが事実なのか想像なのか確かめる事も出来ない。

あの時の少年のボクは「まだ夏は終わっていない」と自分に言い聞かせて、夏の終わりを認めようとしていなかった。
随分前に母親を亡くしているのに、心の何処かでそれを認めていない今の自分が、あの時の自分をダブらせている。


Waiting for the Sun / The Doors




Strange Days / The Doors



Summer's Almost Goneは、アルバムWaiting for the Sunの4曲目。

彼らのアルバムはどれも好きですが「どれか1枚」と言われた時の答えは、もう何十年もかわっていない。
アルバムStrange Daysは、あらゆる事(完璧ではない事)を含めて、あの時の「完璧なドアーズ」を表現していると思う。
今でも大好きなアルバムだ。

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