また始めようかと思って、色々といじっている途中です。何となく始まってます。
895jazzmin
Net RadioのAccu Radioは、お勧めです

下の「Accu Radio」をクリックするとサイトが出てきます。

「Sign up」画面は「X」で消して大丈夫です。

左のChannelsで細かくジャンルが選べます。

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相変わらず安定しています。プレイヤー単体可動は確認中です。

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うちの猫たち4匹です(2017年現在)
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ミント (♀)
パセリ (♂)
スーズー[紫蘇] (♀)

DSCF3504-20080623-895.jpg
このBlogの内容について

長く放置していたので、現在調整中です。

聴いたアルバムや音源を浅く広く身勝手に語っています。
音楽とは全く関係のない一個人の事も書いてあります。
全てが、あくまでも個人的な経験や意見で、一般論では有りません。
悪意は隠せませんが、他意は無いつもりです。

データ的内容は、なるべく間違いの無いようにするつもりです。
間違いが有った場合は、教えていただけると助かります。

古いものは一旦全て仕舞ってしまいます。
古いものに修正加筆して、シラッとした顔で出してしまいます。

自分の事がとっても可愛い、わがままで心の狭い人間です。
やさしい気持ちで接してくれるとうれしいです。

--年--月--日 (--:--)

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2017年05月12日 (01:45)

Muskrat Love はMuskrat CandlelightでSun Downだった事も有る


20170512a-muskrat-491846_475.jpg

ビーチボーイズ系夫婦漫才キャプテン・アンド・テニールや英国で結成されたフォーク・トリオのアメリカでヒットした「マスクラット・ラブ」と言う曲について、少しの情報と大量の戯言を。有名なヒット曲なので知っている人なら知っている程度の話です。

この曲、1970年代に洋楽を聴いていて、ヒット・チャートに興味があった人なら知っていると思うのですが、あれから40年ですから実際には聴いていた人も「懐かしい」とか「知ってる」程度かな。まぁ、その程度の普通のヒット曲の話です。

評論家に「名盤」とか「名曲」と認定されたものは、それを聞く前に素晴らしいものだと思い込まされるようになっているので、いまだに色々な所で見かけるのですが、ヒット曲は使い捨てに近いのが現実ですね。よくあるヒット曲は、評論家の先生方でも褒めようがないですし、自称「オレ、ロックに詳しい」方たちにはウケないので、お金にもならないからなぁ。


20170512b-475-Willis Alan Ramsey - Same (1972)



Captain & Tennilleが1976年の9月にシングルとして発表し大ヒットした「マスクラット・ラブ」は、アメリカのフォーク・カントリー・シンガーWillis Alan Ramseyによって書かれたものです。彼はMuskrat Candlelightと言うタイトルで書き、1972年の彼の唯一のアルバムWillis Alan Ramseyの中の1曲として発表しました。シングルには、なっていないようです。

アルバム「Willis Alan Ramsey」は、Leon RussellのShelter Labelで録音されたせいか、ギターの弾き語りによるフォークを基本にカントリー色を持ちながらも曲によってはケイジャンぽさを強く感じさせる部分が有ったりと、全体的なカラーを統一するのに成功したとは言い難いアルバムではないかと思います。

その中で「Muskrat Candlelight」は、捻りの少ないソフト・ロック風のアレンジが施されていて、後にヒットするアメリカやCaptain & Tennilleのアレンジとほとんど変わらないスタイルになっています。特にWillis Alan Ramseyの歌い方にアメリカの歌い方(コーラスも含めて)が似ているような気がします。


20170512c-475-1972 - Sun Down Lady



シンプルで馴染み易いメロディと甘い歌詞の為か同年に発表されたLani HallのSun Down Ladyと言うアルバムに挿入されます。しかし、タイトルが「Sun Down」と変更され、詩の内容も少し変えられています。ボーカルが初めはソロ、途中からデュオ・ボーカルの形をとるお洒落なスタイル。
彼女のこのアルバムを一言でいうと「ヘレン・レディ路線」って感じかな。

レーベルがA&Mでプロデューサーがライズ等のヒットで有名なHerb Alpert、バックはこの頃の超一流売れっ子スタジオ・ミュージシャン。となれば、時代を先行したお洒落な音をイメージする方も多いと思いますが、間違いなくその通りの音。
Pops系のジャンルならBluesからCountryまで何でもござれのドラマーJim Gordon に、JazzからFolkまでこなすベーシストChuck Domanico、ギターには、元Crusadersなどの装飾など必要としないFusion界の不死鳥Larry Carltonと西海岸の代表的なセッション・ギタリストでプロデューサーとしても有名なLouis Shelton。Herb Alpertは、歌ったりもしてます。

アルバムタイトルに合わせて曲名を変更した感じが有りながらも、この時もシングルにはなっていないようです。発表された年にシングルにもならずに曲名が「Sun Down」なのは、もしかしたらMuskratと言う動物が一般的ではないからなのか、なんて思ったりしました。

下世話な話を加えれば、Herb AlpertとLani Hallは、1974年に結婚をするので、このアルバムを録音した1972年は・・・いやいやいや、これ以上の事は言わないで起きましょう。


20170512d-475-America Hat Trick



翌年1973年6月にアメリカと言う名前のフォーク・グループが「Muskrat Love」と言うタイトルに変え、10月に発表する3枚目のアルバム「Hat trick」の先行シングルとして発表しました。今まで自作の曲で通してきた彼らも3枚目で力尽きたのか、売り上げアップを狙うレコード会社の戦略なのかわかりませんが、アルバムに入れる事を良しとしてもニュー・アルバムの先行シングルに他人の曲というのは、少々もめたようです。

このシングルは、思惑通り(思惑以上?)のヒット。様々なチャートでランク・インしUS Billboardの Easy Listening chartでは11位まで登る事になりました。
アルバム「Hat trick」は、評論家の評判があまり良くなかったようですが、それなりのヒットとなったのは、このシングルが引っ張り上げる効果を発揮したのだと思います。
この時、このヒットがなければ、Captain & Tennilleも歌う事は無かったと思うと、少しだけ運命のようなものも感じてしまいます。


20170512e-475-Song-Of-Joy.jpg



ラジオから流れてきたアメリカの歌うMuskrat Loveを聞いたCaptain & Tennilleのキャプテン・ドラゴンが気に入り、彼らのレパートリーにする事になります。
そして1976年2月に発表したアルバム「Song of Joy」に、Muskrat Loveのタイトルで録音し、9月には3枚目のシングルとして発表されました。

1枚目のシングルも2枚目のシングルもそして3枚目のシングルであるMuskrat Loveも他の人の作品であり、以前に他の人のアルバムで発表されている曲です。それも2曲はシングルとしてヒットしている曲。それをあえてシングルとして発表し、そのどれもが大ヒットというは、社会状況を見極める目と市場に合ったアレンジができる能力が彼らには有ったと言う事でしょうか。悪意のある言い方をすると「他人のフンドシを履き続けて優勝したお相撲さん」かな。

因みにこのアルバムでドラムを叩いているのが、様々なヒット曲に関わってきたセッション界の大御所Hal Blaine。Jim Gordonの師匠的立場であり、Herb Alpertとも仕事をしている事を考えると、これまたLani Hallのアルバムとの不思議な関係を考えたくなってしまいます。偶然でしょうけどねw

どうせなら「アメリカ音楽界をコントロールしようとしたBeach Boysの策略と野望」なんてタイトルで、様々な偶然を必然のように扱って、大風呂敷を広げたとんでもない話にしておけば良かったかなw


そんな訳で、深い部分まで探らずに長文になってしまった事を反省もせず、オチと言うオチも付けずに終わらせようと思います。
想像の世界で色々と言ってきたついでのオマケの一言ですが、ここでタイトルになっているMuskratですが、Willis Alan RamseyはBeaver (ビーバー)をイメージしているのではないかと思います。細かい説明は抜きますがBeaver CandlelightにしてもBeaver Loveにしても、Beaverのスラングを考えると、ちょっと可愛くはないし、ラジオで流してくれそうもないですからねぇ^^
まっ、これも空想でしかありませんが^^












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2010年04月07日 (18:39)

もう終わったグループの音を楽しんでる (Mark-Almond Live 1972)




久しぶりにMark-Almondのアルバムを。

もう何度も言っている事ですが、1970年代に少しだけ活躍したJon MarkとJohnny Almondとの双頭ユニットが有ります。
一般的にはMark-Almondと表記されますがMark-Almond Bandと書かれる事もハイフンを抜いたMark Almond BandやThe Mark / Almond Bandと書かれる事も有ります。これに日本語での表記が、マーク=アーモンドだったりマーク・アーモンドだったりする事もあり、それに語尾に「バンド」を付ける事も有り呼び名が一定しません。

その上に1980年代にソフト・セルと言うグループがデビューし、そのメインを張っていたのがMarc Almondと言う名前なので、混同される事も多々有ります。ソフト・セルのMarc Almond君は日本語表記で「マーク・アーモンド」となるだけではなく海外で英語表記される時に「Marc Almond」ではなく「Mark Almond」と表記される事が極めて多いので、これらを混同して語られてしまうことも多々有るようです。

もうこれだけ多いと可哀相としか言えない彼ですが、多分一般的に有名なのはMark-AlmondではなくMarc Almondだと思うので、「どっちかなぁ?」と思った方はMarc Almondを探す方が目的に近いと思います。

しかしグループの名前の説明でこんなに長く書くなんて、売れていない事の証明でしかないですよね(笑)。

オマケに「真のAOR」だって言われるし、Mingusの片腕だったドラマーが正式メンバーだし、本当に「真のロック・バンド」では無かった事を証明する情報は、いくらでも出てくる「真の中途半端」なグループだったと今更ながらに思ってしまいます。


Mark-Almond
Live in Syracuse, NY Feb. 24, 1972

Mark-Almond 1972
*ブートなので正規での販売は有りません。

1 Sunset (14:30)
2 The Sausalito Bay Suite (16:30)
3 Ballad of a Man (24:44)
4 The City (23:23)

Jon Mark - guitar/bass/percussion/vocals
Johnny Almond - sax/vibes/vocals/percussion/flute
Tommy Eyre - keyboards/flute/percussion/guitar/vocals
Roger Sutton - bass/percussion/vocals
Dannie Richmond - drums/percussion/vocals (3-4 only)

2ndアルバム発表後のアメリカでの録音です。ツアーの時なのかもしれませんが、初めから録音が前提に有ったようでライン取りで、極めて音が良いのです。ライン取りのようですがジングルのようなおしゃべりが途中に聞こえます。Jabberwocky Clubでのステージをラジオ用に録音したものでしょう。

Mark-Almond完成形のメンバーです。勿論完成形だから評価が高いという訳でもアルバムが売れたという訳でも有りません。Mark-Almondとしての評価もアルバムの売り上げもこれ以降の二人の趣味と実益を兼ねた、スタジオ篭もり方のお遊びの方が上です。世の中上手くいかない事を実践してきたMark-Almondらしい部分で、こう言うの嫌いじゃ有りません(笑)。

この録音、普通に正規で販売されても十分に耐えうる演奏です。曲の長さを見てもらえればわかりますが、とても自由に演奏しています。曲名の下の左側がライブでの演奏時間で、その右がオリジナル・アルバムでのスタジオ録音での時間です。

Sunset
Live (14:30) , Studio (6:25)
The Sausalito Bay Suite
Live (16:30) , Studio (5:54)
Ballad of a Man
Live (24:44) , Studio (11:41)
The City
Live (23:23) , Studio (10:21)


どの曲もオリジナルの2倍以上の時間をかけて演奏しています。アドリブ色が強く、とても良い演奏で手抜きの部分も感じられず、この頃の彼らのバンドとしての充実した積極的な部分を垣間見る事が出来ます。

ただ、やっぱり、彼らの作り出す曲自体がマニア嗜好でもミーハー嗜好でもないどっちつかずの中途半端な位置に立ったものなのです。

やっぱり、中々受け入れられないと思います。ホント、フュージョンだとかAORなんてクソッ喰らえの世界なんですが、ソッチの方が儲かるんです(笑)。
Jon MarkとJohnny Almondは、その世界を純化するという高度な事をやってのけたのですが、やっぱりAORなんて言うマニアには評価されない世界ですから、普通に気持ちの良いAORくらいにしか思ってもらえないんでしょうね。





現在Amazonで普通に買えるCDは有りません(笑)。


彼らのアルバムが今でも手にする事が出来たら奇跡と呼びましょうかねぇ(卑屈)。









2009年12月27日 (18:24)

「2000年代のベスト・アルバム」なんてのは、1枚も持っていない。


Sham 69 - Rip Off


Netの記事で読んだのですが、[クロスビート×BARKS] ロック・ファンが選んだ『2000年代のベスト・アルバム』と言うのが発表されたそうです。

投票結果TOP10は、
1.レディオヘッド『キッドA』
2.アークティック・モンキーズ『ホワットエヴァー・ピープル・セイ・アイ・アム、ザッツ・ホワット・アイム・ノット』
2.ザ・ストロークス『イズ・ディス・イット』
4.ザ・リバティーンズ『リバティーンズ宣言』
5.ミューズ『アブソルーション』
6.グリーン・デイ『アメリカン・イディオット』
7.ザ・ホワイト・ストライプス『エレファント』
8.フランツ・フェルディナンド『フランツ・フェルディナンド』
9.リンキン・パーク『ハイブリッド・セオリー』
10.レッド・ホット・チリ・ペッパーズ『バイ・ザ・ウェイ』

質問は選択&自由回答。選択肢はクロスビートが選んだ以下の13作品。
●アークティック・モンキーズ『ホワットエヴァー・ピープル・セイ・アイ・アム、ザッツ・ホワット・アイム・ノット』
●アーケイド・ファイア『フューネラル』
●グリーン・デイ『アメリカン・イディオット』
●コールドプレイ『静寂の世界』
●ザ・ストロークス『イズ・ディス・イット』
●フランツ・フェルディナンド『フランツ・フェルディナンド』
●ザ・ホワイト・ストライプス『エレファント』
●マイ・ケミカル・ロマンス『ザ・ブラック・パレード』
●ミューズ『アブソルーション』
●ザ・リバティーンズ『リバティーンズ宣言』
●リンキン・パーク『ハイブリッド・セオリー』
●レディオヘッド『キッドA』
●レッド・ホット・チリ・ペッパーズ『バイ・ザ・ウェイ』

自由回答は、
・ウィルコ『Yankee Hotel Foxtrot』
・オアシス『Dont Belive The Truth』
・コールドプレイ『Viva la Vida』
・カサビアン『カサビアン』
・ブロック・パーティー『A WEEKEND IN THE CITY』
・リンキン・パーク『メテオラ』
・レッド・ホット・チリ・ペッパーズ『スタディアム・アーケイディアム』
・TOOL『ラタララス』

で、ここまで出てきたアルバムは1枚も買った事が有りません。グリーン・ディとレッチリとリンキン・パークは、聴いたかな。他は名前を知っているのが限界。もしかして聴いたかもしれませんが、覚えていませんから聴いていないと同じ事ですね。

Sham 69 - Angels with dirty faces


2000年代が始まって10年経とうとしているのですが、これが私の現実です。まぁ全然平気なんだけどね(笑)。
新しい世代の為の時代が、既に始まっている証拠ではないかと思います。

おい、お前ら!水は留まったら腐りだすんだぜ。
お前たちの言葉に耳を傾けて欲しかったら、お前たちの言葉に耳を向けろよ。


Sham 69 - Angels with dirty faces




ずっと以前にも言ったけど、年は関係無いな。要はポリシーの持続って事じゃないのかな。何もかわっていないなのなら、ずっとそれに叫び続けるのも個人の自由だし、それを信じるのも個人の自由なんだから。



今回の記事に対しての

賛否両論お待ちしています。

なんてね(笑)。



2009年11月05日 (00:24)

やっぱり、たかだか音楽ぢゃん、って思う (Nearly Human Tour, Japan '90 - Todd Rundgren)






「音楽を聴く」と言う事について、ちょっと考えさせられる事が有ったのですが、結局は個人的な意見は変わっていません。
やっぱりね
たかだか、音楽ぢゃん
です(笑)。
この考え方にブレは有りませんよ、確固たる意志を持ってますもん(笑)。理屈なんて後付けのオマケです。

「訳なんてわからないけど、これ好き」って言うのが、もっとも心の美しい状態ではないかと思います。
色々な理由はその後から付いてくるもので、それ自身に「これ好き」以上の意味合いを持たせてしまうと、今まで脈々と繋がってきた大衆音楽の流れや存在自体を否定してしまう事になります。

個人として嫌いでも大ヒットする事は有りますし、一般ウケする音楽を「レベルの低い音楽」などと言い放つ事自体明確な基準の無い愚かな発言です。



オーケストレーションの構造が云々だとか、楽器の演奏がどうだとか、詩がどうだなんて言うのは、曲の部分でしかないのです。重箱の隅をつつくのは楽しい事ですが、その行為に夢中になってしまい「楽しい」事にすら絶対的な理由を見つけようとするのは、どうかと思います。

音楽を聴くと言うのは、あくまでも個人の嗜好でしか有りません。音楽の内容に云々言う場合も普遍的なものなど存在しません。データだって集めた方法や量、解析する方法で大きく意味合いが変わってきます。
音楽を色々と分析する事自体が楽しみの一部でしかないのです。それ自体が「楽しい」を置いて一人歩き出来るはずがないのです。

「とにかく、これ好き」と言う言葉の重さを感じる事の出来ない人は、音楽の楽しみの一部しか得る事の出来ない不幸な人だと思います。まぁ、これ自体も私個人の考えでしかないんですけどね(笑)。





そう言えば「No Music No Life」なんて言うタワレコの宣伝文句を使っているBlogとか見ますけど、音楽を聴く事が何か特別の事だと思っているからこその言葉だと思うんですけどね。そんな事アピールしてどうするんだろう、なんて事も考えてしまいます(笑)。


☆今回ずっとTodd Rundgrenの1990年のNearly Human TourのVideoを挟んでいますが、文章の内容とは全く関係有りませんよー(笑)。


Nearly Human Tour, Japan '90 - Todd Rundgren



Utopiaも良いけど5人のコーラスを配した彼名義のLiveも素敵です。なんたって楽しいじゃないですか音楽自体が。






2009年10月15日 (22:19)

ポップで何が悪いっ!? (Climie Fisher)



ポピュラー音楽に造詣の深い方やジャズのブログだと思っている方がしかめっ面をするだろうとは思いますが、キャッチーなポップスを続けたいと思います(笑)。



1980年代後半に数年間結成され売れずに解散したポップ・デュオのクライミー・フィッシャーの全アルバム(2枚/笑)がボートラ付きで再発売されました。安かったしすぐに無くなると思ったので、内容など考えずに速攻で買ってしまいました。

そうそう、細やかな部分に気の回る日本人には他国では考えられないくらいは人気が有りました。レコード会社がサイモン・クライミーの美化した顔を前面に出したからウケたのかもしれません。

Climie Fisher

I won't bleed for you


Everything [Bonus Tracks]





Fire On the Ocean


Coming in for the Kill [Bonus Tracks]



一般的には英国で多少とも注目されたLove Changesが入っている1stアルバムのEverythingが多少とも評価されているみたいですが、個人的には2枚目でありラスト・アルバムでも有るComing in for the Killの方が好きです。

Everythingは元ネイキッド・アイズのロブ・フィッシャーのアレンジ力を前面に出したデジタル・ポップな「いかにも英国的」アルバムで、とても細やかな作りになっているのですが、ネイキッド・アイズ同様にパワー不足は否めません。シングルには向いているとは思うのですが、アルバムになると細かな部分ばかり気になってしまいます。「バックに生のバンドを使ったら凄いアルバムになったかも」といまだに思っています。

Coming in for the Killの方は1stでの弱点を克服しようとした、作曲家としても非凡な才能を持つサイモン・クライミーのボーカルを前面に押し出したアルバムで、ソウルフルな部分も見え出したバランスの良いアルバムになっています。
まぁ、英国ポップ好きには総スカンを喰らってしまった全く売れない、解散の直接的原因アルバムなので、失敗作なのかもしれませんね。

ただ、ここでやった事が後のサイモン・クライミーのソロ・アルバムや最近のエリック・クラプトンのアルバム数作に引き継がれているのは明らかなので、それらに興味が有る方は一度聴いてみると面白いかもしれません。

解散して随分経ちますが、いまだに彼らの事が好きな人がいます。そろそろクラプトンもサイモンを解放してあげて、今までのお礼にソロ・アルバムを作らせてあげたらと思うのですが、無理なのかなぁ(笑)。


オッ、いい女!
rise to the occasion (hip hop mix)





x-sampleさんがECなのは、みんなが知ってる承知の事実。Eric Claptonのお遊びにSimon Climieが付き合ったのが彼らの仲を深くしたのかな。その後はずっと一緒に仕事をしています。って言うか、雑用係並みにこき使われてる(笑)。

T.D.F. - Retail Therapy


*廃盤かよっ(笑)。



2009年10月07日 (21:42)

たまになら真面目にアルバムを紹介したり出来るんだもん-加筆 (Slverbird - Leo Sayer)

*文章稚拙なくせして長いので2回に分けようかと思ってます。




疎外感の塊のような曲Innocent Bystanderで始まるレオ・セイヤーの1stアルバムは1972年頃から製作に手を付けられながらも一度中断される事になり、結局1973年末に発表された時に大成功を収める事になります。
それまでの様々な出来事やこの中断が無かったら、アルバムの完成どころか彼のデビューすらわからなかった事を考えると、一見マイナスに思える出来事や出会いと言うものにも何かしらマジックを感じてしまいます。

1948年05月21日ウェストサセックス州ショアハムで生まれたGerard Hugh Sayer君は、ロンドンでデザイナー(自称)の仕事をしながらステージに立つ生活をしていました。バート・ヤンシュやアル・スチュアートも出ていたフォーク・クラブでのライブだったらしいのですが、精神的にガタがきて故郷サセックスに戻る事になります。つまりウケはイマイチだったと言うことでしょうね。しかし音楽の道は諦めきれずにその後も工場で働きながらバンド活動を続けていました。

そんな彼に目を付けたのが、タレント事務所みたいな事を始めようとしていた元々はミュージシャンのデビッド・コートニー。後にレオに起こる様々な出来事のエピローグとしては最高の出逢いではないかと思います。デビッド・コートニーがもし演奏家又は作曲家として成功していればこの出会いは無かったと思うと、彼との出会いがレオ・セイヤーの誕生の全てではないかと思えるほどです。

二人はデビューを目指して数曲レコーディングしてはみましたがレコード会社との契約には至らず、デビッド・コートニーがバック・バンドのメンバーとして参加していたアダム・フェイスに相談を持ちかけます。彼もレオの事が気に入りデビッドと共同でプロデュースをする事になりました。
この頃にデビッド・コートニーの奥さんの助言でGerard Hugh Sayer君は、レオ・セイヤーと言う芸名をつけてもらう事になります。勿論、彼の身長の低さと、はっちゃけた髪型から子供ライオンがイメージされたからです。

なんか雰囲気は良い感じになっては来たのですが、アダム・フェイスもデビッド・コートニーも元々はミュージシャンな訳で裏方の仕事は初心者、この程度では特別なマジックも起こるはずもありません。リチャード・ブライソン(ヴァージンの社長)のスタジオでアルバム製作にかかった訳ですが、上手くいかず予算がオーバーしてしまい追い出されてしまいます。

しかし彼らはここで大切なものを得る事になったのではと思います。アルバム発表事にエンジニアとして記載されているTom Newmanです。ヴァージン・レコード第一弾目の恐怖の多重録音Tublar Bells製作に深く関わったエンジニアですから、ここでの出会いと考えるのが妥当ですし、彼から学んだ事は随分多かったはずです。もしかしたら製作に時間がかかり過ぎたのも彼のせいかもしれません(笑)。
その、ささやかなマジックの芽を感じる事も無く(多分)、彼らはスタジオを後にするのですが、このすぐ後にとんでもない事が起こるのです。

レコーディング途中でスタジオを追い出され、路頭に迷ってしまいそうなレオたちにスタジオを貸そうという心の広い人物が現れます。ザ・フーのメンバーのロジャー・ダルトリーです。そんな訳で彼の個人スタジオに引っ越す事になります。

ちょうどロジャー・ダルトリー自身が1stソロ・アルバム製作を考えていた時で、自分を縮小したような髪くちゃくちゃのおちびさんに興味を持ち彼の楽曲を使用する事になりました。
アルバム全11曲中10曲がLeo Sayer And David Courtneyなのです。残りの1曲がDavid Courtneyの作曲なので、ロジャー・ダルトリー「レオ・セイヤー」を歌う状態です。トップ・グループのリード・ボーカリストが、まだデビュー前の人間の作った曲で自らの1stソロ・アルバムを作るなんて事は尋常ではない出来事ではないでしょうか。

ロジャーは彼らの持っている「何か」に気がついたのでしょう。アダム・フェイスとデビッド・コートニーがロジャー・ダルトリーのアルバム制作に全面参加する事になります。その為にレオのアルバムの製作は一旦ストップする事になるのですが、結果的にマイナスの出来事では有りませんでした。ロジャーの1stソロ・アルバムが注目を浴びない訳が有りません。またGiving It All Awayがシングル・ヒット(UK5位)する事になるのです。

レオ・セイヤーの名前は一躍注目される事になり、レコード会社と契約する事が出来、1973年末に1stアルバムを発表する事が出来るようになります。そして1974年1月にセカンド・シングルとしてカットされたThe Show Must Go Onのヒットに引っ張られるようにアルバムもチャートを上り、最高位2位と言う最高の結果を出す事になります。また、メロディー・メーカー紙において“74年度最優秀歌手部門”を受賞するという最高のオマケが付いてきたのでした。

ロジャー・ダルトリーが1stソロ・アルバムで無名のレオを起用した事は、海の向こう側の人々にも刺激的な出来事だったのでしょう。勿論楽曲の良さも有ったと思います。アメリカの音楽業界にも注目される事になり、スリー・ドッグ・ナイトが彼の曲をアメリカでヒットさせる事になります。

そんな訳で、2枚目のアルバムに早速かかれると言う幸運を彼は高評価と共に得るのでした。パチパチパチ。






*下の方が絶対に得です。




追加します。

All songs written by Leo Sayer And David Courtney
01 Innocent Bystander
02 Goodnight Old Friend
03 Drop Back
04 Silverbird
05 The Show Must Go On
06 Dancer
07 Tomorrow
08 Don't Say It's Over
09 Slow Motion
10 Oh Wot a Life
11 Why Is Everybody Going Home?

アルバムはコンセプト・アルバムのように一つの物語のような作りになっています。これはアルバム製作に結果的とは言え、新人ながら時間をかける事が出来た事と全曲自作で用意する事が出来たからでしょう。

全曲後ろ向きの歌詞で作られた1stアルバムは、全てから隔離されたような疎外感を歌うInnocent Bystanderから始まります。「ここ」から抜け出せない臆病な自分を歌った2、先へ進もうとする事を理解してもらえない3と続き、タイトル曲でありアルバム唯一のインストである、まるでエンディングのような1分少々のSilverbirdになります。
そして彼の初めてのシングル・ヒットとして、このアルバムを引っ張り上げる事になった「ショウは終わりだよ」と歌う5、別れた恋人への未練を歌う6と続き、怒涛の軟弱曲で溢れるLPのA面が終わります。

アルバムのB面になっても視線は下を向いたままです。それでも「そのうち何とかなるかも」と歌うTomorrowで始まる曲々には微かですが、これからの希望を持とうと頑張る姿が歌われています。
真っ直ぐ進めなくても、がむしゃらが悪い形になっても、直接的な希望や夢が無くても、死ぬほど苦しんでも、どうして良いのかわからなくても、それでも生きていく権利は有ると言う判断をした事をメロディとリズムが教えてくれます。
「苦しいのは自分だけじゃないんだ」と思わせてくれる事で、聴く側に希望を与えてくれるアルバムに仕上がったのではないでしょうか。

レオ・セイヤーの歌の上手さ、デビッド・コートニーの作るメロディの聞き易さ、演奏の安定感、そしてバリエーションが豊かとは言い難いながらもしっかりとしたコンセプトに裏づけされたアレンジの統一感が一つとなって、この気が重くなりそうなアルバムを続けて聴く事の出来るレベルの作品にまで押し上げる事になります。

またLeo Sayer And David Courtneyと言う名コンビで次作も作られた為に、この2枚が兄弟アルバムのように語られ、その後のアルバムと区別される事も多いのですが、演奏面等で考えると、この2枚にも随分違う部分も見受けられます。彼のアルバムを発表順に聴いていくと、後に全米でもブレイクするのは突然の出来事ではなく、必然の出来事のようにも感じられるのです。




[ Personnel ]
Leo Sayer - Guitar, Harmonica, Vocals
Russ Ballard - Guitar, Keyboard
Max Chetwyn - Guitar
David Courtney - Piano
Michael Giles - Drums
Robert Henrit - Drums
Henry Spinetti - Drums
Dave Wintour - Bass

Producers: David Courtney, Adam Faith
Engineers: Richard Dodd, Keith Harewood, Tom Newman

このアルバムの特徴はアルバム・コンセプトが統一されていると言うプログレ的な部分だけで無く、メンバーの選択にもプログレの香りがします。

Russ BallardとRobert HenritはArgentのメンバーで、このアルバム製作中はまだクビになっていない頃のはず。Russ Ballardは、この後ソロ・アルバムを製作しながら沢山の楽曲を提供しているので、ロックに詳しい方は今頃「うむうむ、ほうほう」と言っているかも(笑)。Robert Henritは、もしかして最近のThe Kinksに参加した人と同人物?違うよなぁ(笑)。

Michael Gilesは、勿論King CrimsonやMcDonald & Gilesで有名な人。この頃は様々なアルバムで叩いてます。スタジオ・ミュージシャン業を営んでいたと言う事かな。
Giles, Giles & Frippからの付き合いながらキンクリ脱退以降Robert Frippとは不仲と言うのは本当なんだろうか。んー、なんかゴシップ雑誌的な雰囲気まで出来てしまったぞ。

Henry Spinettiは様々なアルバムで重宝されている有名なセッション系のドラマーですが、Judas Jumpと言うプログレ・バンドに参加したりと、彼もプログレの血が流れています。

Dave Wintour はMichael GilesやRuss Ballardと絡んだりRoger Daltreyのアルバムに参加したりしています。Roger Daltreyが彼のソロ・アルバムにLeoの曲を選んだのとは、深い関係のようにも感じます。

Max Chetwynって人は知りません。

さらに重箱の隅をつつくように書かせてもらうと、エンジニアにTom Newmanがいると言う事が、このアルバムのプログレ的側面のアピールになるでしょうか。

Tublar BellsでエンジニアをつとめたTom Newmanがエンジニアとして参加し、元キング・クリムゾンのMichael Giles等のプログレ経験者の演奏参加となると、やはりこのアルバムはプログレとは切っても切れない関係だと言っても良いと思います(大袈裟?/笑)。

この録音はロジャー・ダルトリーのアルバムの録音を挟んで出来上がったものです。ロジャーのアルバムとスタッフまで一緒ですし、曲のアレンジにも似通った部分が多く有ります。それらを含めるとレオのアルバムの曲が「どちらのスタジオで録音したものか」や「どの曲に誰が参加したか」や「基本的なプランは誰が」などの疑問も少し解決するのではと思います。
まぁ、それらはまた機会が有ればと言う事で、この誰が興味を持つのかわからないくらい古くて何度も廃盤になるアルバムを長々と書いた文章を終わらせたいと思います。

ここまでお付き合いしてくださった方に多大な感謝を。
ここまで一気に飛んできた方、あなたの気持ち、理解できます(笑)。

2008年12月15日 (18:48)

このアルバムを貶すならロック・ファンを止めなさい、とか言ったりして (The Cosmos Rocks / Queen + Paul Rodgers)


個人的「本年度、それほど期待をしてなくて、聴いてみてビックリしたアルバムのナンバー1」は、Queen + Paul RodgersのThe Cosmos Rocksに決定しました。



QueenとPaul Rodgersを人気で比較すれば、雲泥の差でQueenでしょうね。しかし1970年代からロックを聴いている人たちにとって、Paul Rodgersはロック史に残るスーパー・ボーカリスト。勿論Queenのメンバーにとっても彼のアルバムをレコードが擦り切れるほど聴いたはずです。

つまりオールド・ロック・ファンは、Queen再結成にPaul Rodgersが手を貸す事になった時点で「Queenのメンバーは大丈夫かなぁ?」なんて考えたりしたのです。結果的にPaul RodgersはQueenのサウンドに敬意を表し、見事に彼らの名曲をPaul Rodgersスタイルで表現したのです。

しかしオリジナルを耳にタコが出来るほど聴いたクイーン・ファンから「やっぱり、フレディのボーカルでなきゃ」と言った言葉が出てくる程度の出来だったのも確かでしょう。
それほどフレディ・マーキュリーのボーカルを含めたクイーン・サウンドはオリジナリティを持ったロックでしたから。



The Cosmos Rocks / Queen + Paul Rodgers



The Cosmos Rocksは、そんな彼らがスタジオに入り作り出した『ニュー・アルバム』です。
販売目的なんでしょう、ジャケットはQueen + Paul Rodgersとなっています。所属がQueenのレコード会社と言うからみかもしれません。しかし、出来上がったアルバムは今までのQueenのファンに媚を売るようなものでは有りませんでした。

ジャケット内側への表記は、Produced and Performed by QueenでもProduced and Performed by Queen and Paul Rodgersでも有りません。Produced and Performed by Brian May, Paul Rodgers and Roger Taylorです。「我々3人で、このアルバムを作った」と言う自負が、ここからも感じられます。

ちょっとオマケですが、ここでのPaul Rodgersのスペルが間違っています。現在の彼の認知度の低さがココにも表れていますね(苦笑)。



所々Queenの特徴をもった曲も有りますが、全体的にはバド・カンに近いサウンドだと思います。Queenぽい曲を抜いて聴かせたら「ポール・ロジャースが復帰したバド・カンの新譜?」と思う人がいるかもしれません。

しかし、私の友人で有り恩師(上げておかないと後が怖い/笑)のTさんが「特別な化学反応が起こった」と言うほど、新たな息吹を感じさせるサウンドになっています。

このアルバムが新たなクイーンのスタートであり、この音が新たなクイーン・サウンドのイントロダクションだったら・・・大きな宝物を失ったQueenですが、偉大なるロック・バンドとしての使命を果たす為に復活しようとしていると言って良いと思います。

このアルバムを貶すならロック・ファンを止めなさい(笑)。

The Cosmos Rocks
Queen + Paul Rodgers

01. Cosmos Rockin’
02. Time To Shine
03. Still Burnin’
04. Small
05. Warboys
06. We Believe
07. Call Me
08. Voodoo
09. Some Things That Glitter
10. C-Lebrity
11. Through The Night
12. Say It's Not True
13. Surf's Up...School's Out !
14. Small Reprise

Produced and Performed by
Brian May, Paul Rodgers and Roger Taylor



2008年11月29日 (18:32)

弱くたって生きていける (Phoebe Snow Live)



Phoebe snow, Levon helm band 2008-03-01 boston

The weight


I shall be released


久しぶりにPhoebe SnowのHPを見ました。1ページ目が亡き愛娘ヴァレリーについてで、それを越えて歌手Phoebe Snowのページへと入っていきます。

Phoebe Snow

去年の1月に彼女のアルバムを4枚紹介してから止まっているのは、不精な私の性格と共に4月にValerieが亡くなった事も多少は関係しているのですが、こう言う身勝手な思い入れは本当は好きではないのです。

でもね(笑)。





そして今年の7月に録音された、彼女の始めてのライブ・アルバムを見つけ買うことにしました。レコード会社はVerveです。

まだ彼女の歌を聞いた事の無い人にまで、お勧めしたりはしません。でも、以前彼女の歌が好きだった人には、こう声をかけます。

大丈夫、
彼女は今も歌っているよ。
大丈夫、
弱くたって、心が折れたって、
生きたいと思っている間は、
生きていけるんだ、

と。




Phoebe Snow Live



01. Shakey Ground
02. Something Real
03. All In The Game
04. If I Can Just Get Through Tonight
05. Poetry Man
06. You're My Girl
07. Natural Wonder
08. The Other Girlfriend
09. Piece Of My Heart
10. Rockin' Pneumonia And The Boogie Woogie Flu
11. With A Song In My Heart
Bonus Tracks:
01. Two-Fisted Love
02. Key To The Street

Recorded on July 30 and 31, 2008 at the historic Bearsville Theater in Woodstock, NY

因みにAmazonで買った私のCDにはBonus Tracks付いていません。失敗したかな?(笑)


追記-The Bandも聴きたくなってきた(笑)。


2008年07月18日 (23:00)

ロリーはベルファストを見捨てなかった (Irish Tour ’74 - Rory Gallagher)

Tatooを発表したロリー・ギャラガーは、1973年の末から1974年にかけて故郷アイルランドでのライブを強行します。
1970年代にロックを聴いていた人なら勉強や歴史が苦手な人でもご存知のように、このライブは北アイルランド紛争の真っ只中での出来事です。

この際だから英国ロックの歴史とは離して考える事が難しい北アイルランド紛争に関して少し記述しておきます。って言ってもウィキペディア丸写しだけどね(笑)。

Tatoo´d Lady (Irish Tour ‘74)


*ちょっと長いけど観客の熱狂が伝わってきます。

北アイルランドはグレートブリテンおよび北アイルランド連合王国を構成する4ヶ国の一つ。
アイルランド島北東に位置するアルスター地方9州の内の6州からなるためアルスター6州とも称されている。 首都は東岸に位置するベルファスト。

19世紀にアイルランドがグレートブリテン王国に併合されて以来、アイルランド共和国においてはユニオニスト(イギリスとの連合維持)とナショナリスト(イギリスからの独立)の対立が続いていた。アイルランド全土がイギリスに支配されていた時代から、北アイルランド地域はグレートブリテン島からの植民者が多数を占めておりユニオニストの勢力が強かった。

1960年代後半になると、アメリカ合衆国の公民権運動の影響を受けて、社会的に差別を受けていたカトリックと、プロテスタント主体の北アイルランド政府との対立が深刻化した。IRA暫定派を始めとするナショナリストとユニオニスト双方の私兵組織と英陸軍、北アイルランド警察が相争う抗争が続き、数多くのテロによって数千名にものぼる死者が発生した。
この北アイルランド問題によって社会と経済の混乱は極めて劣悪なものになり、何度も破られる平和条約の下、1990年代まで続いた。

A Million Miles Away (Irish Tour ‘74)



こんな状況下でのライブには沢山の人の反対が有ったようです。機材にも保険がかけられず使用出来ないものが沢山有ったようです。

結果的に「ロリーはベルファストを見捨てなかった」と称えられ、自らの行動に自信を持った彼は、このメンバーで数枚のアルバムを製作し「ロリーにとって最高の時期」と呼ばれる事になります。

Who's That Coming (Irish Tour ‘74)



アルバムの中に様々な社会的メッセージを込めるミュージシャンは沢山います。
それに対してロリーの最高傑作とも呼ばれるツアーを録音したアルバムは、社会的メッセージは込められていません。しかし、ここに記録された観客の熱気やそれに応えるロリーたちの熱い演奏は、あの時代に北アイルランドで演奏する事の大変さや大切さを饒舌に語っていると思います。

Irish Tour ’74 - Rory Gallagher



01. Cradle Rock
02. I Wonder Who
03. Tattoo'd Lady
04. Too Much Alcohol
05. As the Crow Flies
06. Million Miles Away
07. Walk on Hot Coals
08. Who's That Coming?
09. Back on My Stompin' Ground
(After Hours)
10. Maritime

Rory Gallagher : Vocal, Guitars, Harmonica
Gerry McAvoy : Bass
Rod De'Ath : Drums, Percussion
Lou Martin : Keyboards


DVDも有ります。





2008年04月11日 (23:06)

彼女が彼らに好意的になってくれた時から (The Boomtown Rats)






ブームタウン・ラッツの始めのイメージは「不器用で」、、、いや「不器用だから」こそ「カッコイイ」奴等だと思いました。
自らの中に湧き出す訳のわからない怒りを、闇雲に吐き出すことさえ出来なかったシャイな彼らは、ポップというオブラートに包んでそっと市場に送り出すことしか出来なかった、『時流に上手に乗ったポップ・グループ』と思わせる事が、彼らの精一杯の反逆だったんだろうと思います。

しかし彼らのとった行動は「I Don't Like Mondays /哀愁のマンデイ」と言う形で完成してしまい、自らの身の置き場も失わせるという形で結実してしまいました。
その代償としてボブ・ゲルドフのとった『社会的救済』と言う最後の抵抗も巨大メディアやビジネスに利用され、『裸の王様』の覚悟さえも美化と言う方法で利益率の高い商品とされてしまったと言うのが事実でしょう。

ブームタウン・ラッツと言うグループもボブ・ゲルドフと言う名前も「Do They Know It's Christmas? 」と言う曲さえ知らない連中が、何の為のイベントなのかも知らずに『ライブ・エイド』を持ち上げ世界規模のお祭り騒ぎに発展させ、にこやかな顔で『ウィ・ア・ザ・ワールド』を聞き、いまだ無闇に消費する事を加速させ続けている現実の中で、仮面のような薄笑いをしながらいまだに立ち続けるボブ・ゲルドフが、今何を考えているのかは皆目見当はつきませんが、やっぱりあの頃の彼らは「カッコイイ」奴だったと思っています。

そして、彼女が彼らに好意的になってくれた時から、私の中で彼らはそれほど特別な存在ではなくなりました。ひとつの音楽として「たまには聴こうかなぁ」なんて風に聴くことが出来るようになったのです。昔を懐かしむくらい私が大人になったのだから、きっと彼らも大人になれたのでしょう。


The Fine Art Of Surfacing
1979
The Boomtown Rats


哀愁のマンデイ哀愁のマンデイ
(2006/12/20)
ザ・ブームタウン・ラッツ

商品詳細を見る


Side A
01.Someone's Looking At You
02.Diamond Smiles
03.Wind Chill Factor (Minus Zero)
04.Having My Picture Taken
05.Sleep (Fingers Lullaby)

Side B
01.I Don't Like Mondays
02.Nothing Happened Today
03.Keep It Up
04.Nice N Neat
05.When The Night Comes

彼らの、そして彼のアルバムはつい最近まで一部のアルバムしかCD化されませんでした。オマケに簡単に廃盤になります。おいしい奴らだな(笑)。




Do They Know It's Christmas?



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